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長野地方裁判所 昭和27年(行)7号 判決

原告 坂本重雄 外八名

被告 長野県知事

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告が左記山林又は原野(以下本件土地と略称する)に対してなした買収処分は孰れもこれを取消す。

(一)、昭和二十七年九月十日附長野第[ゐ]十四号買収令書による長野県上高井郡仁礼村(現在東村)大字仁礼字仙仁山三千百五十三番の四、一、山林五町五畝二十六歩の買収処分。

(二)、同日附長野[ゐ]第十九号買収令書による(イ)同県同郡同村同大字字横尾三千七十七番の一、一、山林三畝二十六歩(買収令書の記載は三畝二十八歩)(ロ)同県同郡同村同大字同字三千七十七番のロ一、原野九歩(ハ)同県同郡同村同大字同字三千七十八番の一一、山林一反四畝一歩の買収処分

訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、左の通り陳述した。

一、本件土地の所有関係、管理関係、収益関係。

本件土地は、もと長野県上高井郡井上村(同村は昭和三十年一月一日須坂市に合併された)大字井上、同幸高、同九反田、同中島の四部落及びその他の部落の総有であつたが、大正十三年三月二十七日関係部落の合意により右四部落及びその住民中三百八十四名の総有に属するに至り右井上村各委員、部落有林野整理委員がその管理処分を行つていたが、昭和四年十二月一日井上村村長、右四部落各総代、部落有林野整理委員等が合意の上次の様にその管理処分権と収益権の帰属と割合を定めた。即ち本件土地の地盤及びその上に生育する植物の管理処分権は右四部落から夫々選出された委員を以て構成する井上村大字四部落共有山林管理委員会(現在は原告等九名がその委員である)に属するが、その収益権は右四部落及びその住民中三百八十四名に属しその割合は全収益の三割を右四部落が四分してその一宛を取得し(これは各部落の公共施設の費用に充当される)残余の収益即ち七割は右三百八十四名の部落民が平等の割合で取得する。而して右三百八十四名の権利者は他村に転出することによつて部落住民の資格を失つたとき右の収益権を当然に失い、又本件土地に対し分割請求権をも有しない。ものと定められた。

二、本件土地に対する買収の経過。

長野県上高井郡仁礼村(現在は東村)農業委員会は、昭和二十七年五月三十日自作農創設特別措置法第三十八条に基き本件土地を同法第三十条第一項第一号に該当するものと認めて右土地につき未墾地買収計画を樹立し、翌三十一日同法第三十八条第二項第三十一条第四項に従い右計画を公告すると共に同年六月一日から同月二十日迄を縦覧期間と定め、同法第三十一条第四項所定の事項を縦覧に供した。而して前記農業委員会は同法第三十八条第二項第八条により長野県農業委員会から右計画の承認を受け、その後被告は同法第三十条第一項第三十四条第一項第九条に従い同年九月十日請求の趣旨記載の(一)の土地については前示大字井上、同幸高、同中島、同九反田を所有者として、同(二)の土地については坂本重雄、小林盛衛、原山千代松、清水初三、山岸住蔵、山岸信太郎、北村右左エ門、神田善三郎、長岡久治、西沢万吉を所有者として夫々買収令書を発し、同年十一月七日右坂本重雄に対し請求の趣旨記載の二通の買収令書を交付した。

三、本件買収処分の違法事由。

然しながら本件買収処分は次の様な理由で取消さるべきものである。

(1)  先づ第一に原告等のなした異議申立に対し何等の決定をしないで買収処分をした。即ち昭和二十七年五月二十二日頃仁礼村農業委員会は原告等に対し同月二十九日午後五時仁礼村役場内において本件買収計画に関し同委員会と土地所有者との打合会を開催するにつき出頭する様通知をした、しかし原告等は孰れも当日長野地方裁判所に係属中の民事々件の口頭弁論期日に出頭するため右打合会に出頭できない事情にあつたのでその旨回答すると共に右打合会の延期方を申入れた、しかるに右農業委員会は原告等の右申入れを無視し右の日時に打合会を開催したので原告等は本件土地に対する買収計画の内容及びその縦覧期間を事前に知ることができなかつた。斯くして原告等は前記措置法第三十八条第二項第七条第一項に規定する未墾地買収計画に対する異議申立期間の満了日、即ち本件土地の買収計画について言えば同年六月二十日の経過後たる同年六月二十七日に至つて漸く右農業委員会に対し異議の申立をした次第である。本件においては原告等の異議申立は、その申立期間の経過につき右の様に宥恕すべき事由(訴願法第八条第三項は本件のような異議申立にも準用される)があるので適法な申立であるから仁礼村農業委員会はこれに対し有効な決定をなすべきであり仮に不適法であるとしても同様有効な決定をなすべきである。而して被告は右決定に対する訴願期間の経過を俟つて買収処分をなすべきである。しかるに右農業委員会は同年七月五日外観上は同委員会の決定であるが実質は同委員会の書記が何等右委員会の議決を経ないで右委員会会長と相談しただけで作成したに過ぎない無効の異議申立却下決定をなし、当時これを原告等に通知した。被告は、右無効の異議申立却下決定がなされ従つて異議申立に対する有効な決定がなされていないのにも拘らず本件買収処分をなした違法がある。

(2)  又、本件買収処分には処分の相手方を誤り又その買収令書の交付先を誤つている違法がある。即ち本件土地は前述の様に前示四部落及びその住民中三百八十四名の総有であり右買収処分の当時原告等がその管理処分権を有していたから買収処分は総有者全員に対して又は尠く共原告等全員に対してなすべきである。然るに被告は本件土地の登記簿上の名義人即ち請求の趣旨記載(一)の土地については大字井上、同幸高、同中島、同九反田を、同(二)の土地については坂本重雄、小林盛衛、原山千代松、清水初三、山岸住蔵、山岸信太郎、北村右左衛門、神田善三郎、長岡久治、西沢万吉を、夫々所有者と認めこれ等の者に対して買収処分をなししかも後者の十名中、小林盛衛、山岸住蔵、西沢万吉、長岡久治の四名は右買収処分の当時既に死亡していた。斯様に被告は本件土地の所有者の認定を誤り、その誤つた認定に基いて買収処分をなした外死者を対象として買収処分をした違法がある。更に本件買収令書は、本件土地の所有者全員に対し又は尠く共原告等全員に対し交付せらるべきであるにも拘らず、被告は請求の趣旨記載の二通の令書を坂本重雄のみに交付し、他の者には交付していない。このことも又本件買収処分に存する重要な瑕疵である。

(3)  以上の様に本件買収処分には、その手続上重要な違法理由がある外、更に開墾不適格地を買収した実体上の理由による違法がある。即ち、前記措置法第三十条第一項第一号に定める「農地の開発に供すべき土地」とは如何なる条件の土地を指すのかは明かでないが、同法の立法精神から考えると先づ当該土地が土質、土層、傾斜、気温等の諸条件から見て農地として開発されるに適し且つ当該土地を農業のために利用することが国土資源の利用に関する総合的見地から適当であることを必要とするものと解すべきである。ところが本件土地はその地質が農耕には適しない不味の土地であるばかりでなく、国土利用に関する総合的利益の見地からも農地としては極めて不適当の土地である。即ち本件土地を含む山林地帯は旧井上村地区を貫流する鮎川の上流仙仁川附近に位置し、その地帯の水は仙仁川に集結し、鮎川に流入して、東村、須坂市を経て千曲川に至る。これ等の各河川は毎年僅かの降雨にも氾濫し、右各地は洪水の被害を受けている。而して右洪水の原因は戦時中の森林濫伐によるものであつて、このため原告等は本件土地を含むその管理林の伐採には周密な考慮を払つてきた外、古くは紀元二千六百年紀念植林を行うなどの手段を講じ右被害も可及的に防止して来たものである。従つて本件土地をその地上樹木を伐採して農地とするときは現在よりもなを洪水を起しやすくなりしかも一旦洪水があると、本件土地の下流にある須坂市旧高甫村地籍の銅山が戦時中一旦採掘後放置されているためその鉱毒水が流出し、下流の旧井上村地籍の水田百九十町歩をはじめ須坂市、綿内村の耕地等合計千余町歩に甚大なる被害を及ぼす虞れがある。斯様な次第で本件土地を農地として開発することは公共的立場からも不適当である。

以上(1)(2)(3)の理由により本件買収処分は、その手続上又は実体上のいずれの瑕疵によるも取消さるべきものであると陳述し被告主張の請求の趣旨記載(二)の土地に対する買収令書の受領につき坂本重雄を除く他の九名が同人に対して代理権を授与したとの抗弁事実を否認した。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として左の通り陳述した。

一、原告主張の請求原因事実一、について、

原告等が冒頭において主張している本件土地に関する沿革的事実は不知。もつとも請求の趣旨記載(一)の土地については本件買収処分当時において原告等の主張するような所有関係、収益関係にあつたことは認める。原告等その余の主張事実は否認する。殊に請求の趣旨記載の(二)の土地は、坂本重雄、小林盛衛、原山千代松、清水初三、山岸住蔵、山岸信太郎、北村右左衛門、神田善三郎、長岡久治、西沢万吉等十名の共有であり、従つて右土地に対する収益権、管理処分権も右十名にある。なお又、前掲請求の趣旨記載(一)の土地及びその上に生育する植物は須坂市(本件買収処分当時は井上村)の一部である四部落の所有する財産であるから地方自治法第二百九十四条、第九十六条第一項第六、七号、第百四十九条第一項第三号の規定により須坂市長が須坂市議会の議決を経て(本件買収処分当時は井上村村長が井上村議会の議決を経て)その管理処分をなすべきものである。

二、原告主張の請求原因事実二、について、

原告の主張事実は全部認める。

三、原告主張の請求原因事実三、について、

先づ(1)の事実中、原告等が宥恕すべき事由として主張している冒頭以下掲記の事実、原告等が本件土地の買収計画に対する異議申立期間経過後の昭和二十七年六月二十七日に仁礼村農業委員会に対し異議の申立をしたこと、右農業委員会は原告等主張の日主張のような経緯で作成された決定に基き、右異議申立に対する却下決定をなしその頃これを原告等に通知したこと、は何れも認めるが、その余の主張は争う、原告等主張の異議申立は、申立期間経過後の不適法のものであり、又その宥恕すべき事由として主張している事実は法律上明文のない以上本件買収計画に対する異議申立期間については考えられないことであり、訴願法第八条第三項が本件のような異議申立には準用されないことは異議申立と訴願との性質上の差異より考えても明らかであり、仮に訴願法の準用があるとしても、原告等の主張する事情は期間の徒過に対する宥恕すべき事由にはあたらない。而して右のように不適法な異議申立に対しては何等の決定を経ないで買収処分をしても違法ではない。次に(2)の事実中、被告が原告等主張のように本件土地の登記簿上の名義人である四部落又は坂本重雄等十名を夫々所有者と認めこれらの者に対し買収処分をした事実及び本件土地に対する買収令書二通を坂本重雄のみに交付した事実は認めるが、その余の主張事実は争う。而して請求の趣旨記載(一)の土地については、本件買収処分当時その管理処分権者は当時の井上村長であつたから同村長に対し買収令書を交付すべきであつたにも拘らず、右坂本重雄に交付したのであるから右土地に対する買収処分はこの点に瑕疵違法がある。請求の趣旨記載(二)の土地についてはその所有者は坂本重雄外九名であるが、坂本重雄を除く共有者九名は坂本重雄に対し買収令書受領に関する代理権を与えており、被告は共有者本人兼他の共有者九名の代理人である右坂本重雄に対し買収令書を交付したのであるからその交付に違法はない。

次に(3)の事実中、本件土地の地理的位置及び仙仁川の流水経路等に関する原告等の主張事実は認めるが、その余の事実は否認する。本件土地の面積は合計約五町歩余であるが鮎川の集水流域面積は約五千百四十町歩であるから右流域面積中に占める本件土地の割合は僅かに千分の一に過ぎない。而して本件土地を開墾することにより仮にその保水力(降雨を直ちに流下することなく蒸発、地下滲透、樹木に附着などするものを保水と言い、その程度を保水力という)が十パーセント減じたとしてもこれによる増水は全集水流域面積の保水量の一万分の一であり、下流の旧井上村地区における洪水量(川の一定地点における年間平均流量を超える流量をいう)の増水の比率は洪水量によつても異るが数万分の一位になりこれによる洪水の危険は殆どないといつてよい、しかも保水力の十パーセント減は実験例の最大の値であり、本件土地の地形、地質等から判断すればもつと少いものと考えられる。従つて本件土地を農地として開発することは下流に水害を起す原因とはならず国土資源の総合的利用に不適当とはいえない。

以上要するに原告等の主張する本件買収処分に対する違法理由は、前記のとおり請求の趣旨記載(一)の土地について買収令書を坂本重雄に交付した瑕疵違法があるほかは、孰れも理由がないものであり、又右瑕疵の点は違法無効であつてこれを取消すまでもないことであるから結局原告等の請求を棄却せられん事を求める。

(立証省略)

理由

先づ本件土地の所有関係、管理関係について考按する。請求の趣旨記載(一)の土地については本件買収処分当時において原告等の主張するような所有、収益の関係にあつたことは当事者間に争いがない。被告は、「右土地は須坂市(本件買収処分当時は井上村)の一部である四部落がその住民中三百八十四名と共に総有する財産であるから地方自治法第二百九十四条、第九十六条第一項第六、七号、第百四十九条第一項第三号の規定により須坂市長が須坂市議会の議決を経て(本件買収処分当時は井上村長が井上村議会の議決を経て)その管理処分をなすべきものである。」と主張するけれども、右土地は単純に右四部落の所有に属するものではなく、これに個人の権利関係が介入しているのであつて、成立に争のない甲第三、六、九乃至十二号証、証人近藤堯の証言及び原告神田善三郎尋問の結果を綜合するときは、右土地はもと長野県上高井郡井上村(同村は昭和三十年一月一日須坂市に合併された)大字井上、同幸高、同九反田、同中島の四部落及びその他の部落の総有に属していたが、大正十三年三月二十七日関係部落の合意により右土地を含む二千数百町歩の山林を分割し、その結果右土地は右四部落において取得し、その後現在の通り該四部落とその住民中三百八十四名の総有関係が、成立したこと(この総有関係の意味については後に再説する)及び右土地は分割前においても分割後においても入会山であることを認定し得る(甲第九号証たる大正十三年三月二十七日附分割整理協定書には第五条に「各区民旧来の入会を廃止す」という記載があるけれども、その後の作成にかかる甲第三、十号証に依然として入会山という記載があるから、分割前後において入会権者の範囲に変更はあつたであろうが、入会山であることは終始変らぬものと認める)。而して入会権についてはまず各地方の慣習に従うべきことは民法の規定する所であつて、前掲各証拠と成立に争のない甲第五、七、八号証を綜合するときは、明治三十年代より右四部落の各々から選出せられた委員合計十名(たまに一、二名欠員を生ずることはある)を以て井上村四部落共有山林管理委員会を組織し、その委員会において入会山の管理処分権を掌握することが慣行せられており、現在は原告等九名が右委員会の委員であることを認め得る。従つて被告主張の地方自治法の規定は本件に適用する余地がないものと考える。次に請求の趣旨記載(二)の三筆の土地は登記簿上原告坂本重雄、同原山千代松、同清水初三、同山岸信太郎、同神田善三郎、訴外小林盛衛、同山岸住蔵、同北村右左衛門、同長岡久治及び同西沢万吉以上十名の所有名義であることは当事者間に争なく、この事実と成立に争ない甲第六、七号証及び証人近藤堯の証言によつて認め得べき、右(二)の土地は前記(一)の土地その他四部落(井上、幸高、九反田及び中島)の権利に属する土地と他人所有の土地との境界が明確を欠くに至る恐れがあつたので、将来の紛争をなくすため右四部落において大正十三年における前記山林分割の後にこれを他より買取つたものであること並びにその頃より(二)の土地は(一)の土地に対すると同様井上村四部落共有山林管理委員会の管理に委ねられており、当時原告坂本重雄外前記九名が右委員会の委員であつた事実を綜合して考えると、右(二)の土地は原告坂本重雄外前記九名に信託せられたものと認めるのが相当であり、従つて信託法第二十四条第一項の規定により該土地は右受託者等の合有に属するものである。而して右に掲げる証拠と成立に争のない甲第十一号証及び原告神田善三郎尋問の結果を綜合するときは、現在は原告等九名が井上村四部落共有山林管理委員会の委員として右(二)の土地についても管理処分権を有つていることを認め得る。上叙の説明によつて原告等が本訴の正当なる当事者であることが明らかである。

つぎに、本件土地に対する買収の経過(請求原因二、の事実)については当事者間に争いがない。

仍つて進んで本件買収処分に原告等主張のような違法理由があるかどうかを按ずるに、先づ請求原因事実三、の(1)の点であるが、原告等が宥恕すべき事由として主張している右(1)冒頭以下掲記の事実、および原告らが本件土地の買収計画に対する異議申立期間の経過後である昭和二十七年六月二十七日仁礼村農業委員会に対し異議の申立をなしたことは被告の認めて争わない所である。そこで原告等が本件買収計画の内容及びその縦覧期間を事前に知ることができなかつた事情として主張している事実が異議申立期間の徒過につき宥恕すべき事由として法制上認められるかどうかを考えてみるに、自作農創設特別措置法並びにその附属法令にはこの点につき何等の明文がない、併し訴願法第八条第三項が訴願期間の徒過につき宥恕すべき場合の救済規定を設けているので右訴願法の規定が前記異議申立の場合に準用があるのではないかという疑問があるが、訴願と異議申立の制度上性質上の相違を考え且つ他の行政法規の異議申立に関する規定等を綜合して検討するときは、右訴願法の宥恕規定を本件の前記異議申立に準用することは許されないものと解すべきである。その他この点に関する被告の主張(答弁事実三)は、当裁判所の見解と同一であるから、前記異議の申立に対し仁礼村農業委員会が昭和二十七年七月五日外観上は同委員会の決定であるが実質は同委員会の書記が何等右委員会の議決を経ないで右委員会長と相談しただけで作成したに過ぎない異議申立却下決定をなしこれを原告等に通知したことについては当事者間に争いのないところであるが、右決定の効力を判断する迄もなく、この点に対する原告等の主張は理由がない。

次に同(2)の事実について判断する。被告が本件土地の買収処分に当り原告等主張のとおり右土地の登記簿上の名義人即ち(一)の土地については四部落(二)の土地については坂本重雄等十名を夫々所有者と認めこれらの者に対し買収処分をした事実及び右買収令書の交付につき請求の趣旨記載の(一)、(二)の令書を本件原告坂本重雄にのみ交付した事実については当事者間に争がない。(一)の土地は四部落及びその住民中三百八十四名の総有に属することは原告等の主張する所であつて、被告もこれを争わないのであるが、本理由の冒頭における本件土地の所有関係、管理関係の説示からもうかがい得る通り右原告等の主張は(一)の山林が四部落の所有に属しその部落民がその山林に入会つている関係を表示したものとも解釈し得るのであつて、若しそうだとすれば被告が四部落を所有者として右(一)の土地につき買収処分をしたのは正当である。仮に右解釈が正鵠を得たものでなくて文字通り原告等主張のような総有関係が成立したものとしても、それは当該地方の慣習により発生した特異な而も複雑な総有形態であるから、本件買収処分をなすに当つては当初から的確にその所有関係をたしかめることを行政庁である被告に要求することは酷であつて一応その登記簿上の名義人を所有者と認定することは止むを得ない事理というべきであるのみならず、被告のなした右誤認により所有者等は何等の不利益をも受けていないことは口頭弁論の全趣旨に徴し明らかであるからこの点を綜合して判断すれば、右(一)の土地に対する所有者の誤認は本件買収処分を取消す程の大なる瑕疵とは認め難い。(二)の土地は信託の受託者たる原告坂本重雄、同原山千代松、同清水初三、同山岸信太郎、同神田善三郎、訴外小林盛衛、同山岸住蔵、同北村右左衛門、同長岡久治及び同西沢万吉以上十名の合有に属していたことは前説明の通りであつて、証人近藤堯の証言及び原告神田善三郎尋問の結果によれば、本件土地の買収計画が樹立せられた昭和二十七年五月三十日当時において右十名のうち小林盛衛、山岸住蔵、長岡久治及び西沢万吉の四名は既に死亡していたことを認め得る。しかし合有者のうち一人又は数人が死亡したときは、信託財産は当然他の合有者の合有となるから、被告が右十名を所有者として右(二)の土地につき買収処分をしたとしても、死亡した四名については無用の記載をしたに止まり何等権利に消長を来たすことはない。又、本件買収令書を二通共坂本重雄のみに交付した点について考えるに、成立に争のない甲第五、十一号証証人近藤堯の証言及び原告神田善三郎尋問の結果によれば、坂本重雄は当時井上村四部落共有山林管理委員会の委員長であつて同管理委員会の代表者であつたことを認め得るから、処分行為ではない単純な買収令書の受領行為の如きは固より同人において単独にこれをなしうる権限があり従つて同人に対してなされた本件買収処分令書の交付は当然管理委員全員に対してその効力を生じたものと解するのが相当である。以上の通りであるから原告等の主張する同項の違法事由がない。

次に同(3)の点について判断する。証人田中英一郎の証言によれば、本件土地を含む附近の土地に対する開発計画は、その当初被告において附近の山林二十町歩を対象としたが、開拓面積を最少限に止めて貰い度いとの関係部落の陳情を容れ、その治水関係、土砂崩壊の虞れ等を充分検討した上、本件土地及びその附近約八町歩だけを開拓対象地とすることに計画を変更したことが認められ、又右証人の証言に証人高橋和太郎、同古川正喜、同駒津義助の証言を綜合すれば、本件土地はその表土が植壊土であり、その傾斜度は十一度半であり、その気候は五月から九月迄の平均気温は摂氏十三度以上という、孰れも開拓基準に充分あてはまる適地であること、又本件土地は鮎川の集水面積約四千七百町歩の僅か千分の一程度の面積に過ぎず、鮎川の治水に重要な影響があるとは認め難いこと、過去において洪水の被害を受けたのは全て、日雨量八十耗以上の豪雨に見舞われた際の出来事であつて、右のように一時に多量の降雨のあつた際の洪水被害は本件土地を開拓すると否とに殆ど関係を有しないものと認められること、がそれぞれ認定できる。原告等がこの点に関する主張を立証する資料として提出している甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三乃至第八号証(同第一号証、同第二号証の一、同第四号証の各成立は原告本人神田善三郎に対する尋問の結果によりこれを認める)は、本件土地を含む数十町歩乃至百町歩以上の隣接地を対象としてその開墾ないし地上立木の伐採に伴う洪水の危険等を強調しているか、或は確たる根拠を示さないで一方的な意見を開陳しているか、のいづれかであつてそれ自体証拠価値に乏しいのみならず、その内容中前記認定に反する部分は前掲各証言に対比し採用できないし、又、証人近藤堯、同宮下政次郎、同山極巖、同山岸源雄の各証言、原告本人神田善三郎に対する尋問の結果、中前記認定に反する部分も前同様信用できない、又他に右認定を左右するに足る証拠もない。従つて本件各土地が開墾不適格地であるとする原告等の主張も理由がない。

以上の次第であるから結局、原告等の主張する請求原因事実は、孰れも理由がなくこれを認容することが出来ないから、原告等の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 奥田嘉治 佐藤恒雄 大北泉)

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